深夜書店と自習室とは?アジアの街が「眠らない読書空間」に賭けたもの — 台北・北京・ソウルの25年

mekuru 開発者公開日 約16分で読めます

前回はアメリカの「サイレント・ブック・クラブ」を追いました。今回はアジアです。台北には四半世紀、灯りを消さない書店があります。北京では一軒の24時間書店が国を挙げての話題になりました。韓国では読書室がスタディカフェに置き換わり、10年で店舗が62倍に増えました。そして日本では、深夜の本屋が「無人」というかたちで戻ってきています。夜の読書空間を巡ると、韓国編・アメリカ編とはまた少し違う顔をした「誰かの気配」が見えてきました。

前回のアメリカ編から、アジアへ

前回の記事では、アメリカ発のサイレント・ブック・クラブを取り上げました。課題図書も議論もなく、集まってそれぞれの本を黙って読むだけの会。それが世界50カ国以上、2,000以上の支部に広がっている話でした。

アメリカが場所に「人が集まる仕掛け」を作ったのだとすれば、アジアの都市が差し出したのは、もう少し身も蓋もないものです。時間でした。

朝まで開けておく。深夜3時でも座れる席がある。時間単位でお金を払って、静かな机を確保する。台北、北京、ソウル。アジアのいくつかの街は、読書や勉強のために「閉まらない場所」を本気で作ろうとしてきました。

そして、その多くはうまくいったり、いかなかったりしています。今回はそのあたりを、順番に見ていきます。

台北・誠品書店 — 四半世紀、灯りを消さなかった場所

アジアの深夜書店を語るなら、まずここから始めるしかありません。台北の誠品書店(エスライト)敦南店です。

誠品の1号店として開業したのが1989年。現在の店舗になったのが1995年で、1999年から24時間営業を始めました。蔵書は約23万冊。ネット書店もまだ普及していない時代に、書店が夜通し開いているというのは相当に思い切った判断でした。

この店を有名にしたのは、営業時間そのものよりも、そこで生まれた光景のほうかもしれません。通路の床に座り込んで本を読む「座り読み」を、誠品は追い出しませんでした。深夜、本棚のあいだの床に何人もの人が座って、それぞれの本を開いている。海外メディアもこぞって取り上げ、台北を代表する風景のひとつになりました。

誠品書店1号店の開業
1989年
現在の敦南店の建物は1995年から
24時間営業を開始
1999年
台湾で「不打烊書店」と呼ばれるようになった
敦南店の蔵書数
約23万冊
文具や雑貨、飲食街も併設した複合書店だった

その敦南店は、再開発のため2020年5月31日に閉店します。24時間営業のバトンは信義店へ。ところが信義店も、建物の賃貸契約の更新がまとまらず、2006年から続いた約18年の歴史を2023年12月24日に終えました。

閉店を控えた12月の週末には来客が延べ5万人を突破し、16日には5万3000人が訪れたと報じられています。閉店から次の店が引き継ぐまでの空白は、南西店の書店が28日間の連続営業でつなぎました。

そして2024年1月20日、たばこ工場をリノベーションした松山文創園区のなかにある松菸店が、書店フロアの24時間営業を引き継ぎます。蔵書は3倍に拡大され、かつての敦南店に匹敵する規模になりました。2026年の今も、松菸店が台湾の「眠らない書店」を担っています。

引き継ぎを発表したとき、誠品の呉旻潔(ウー・ミンジェ)董事長が残した言葉が印象的でした。

紙の本を読むために必要な文字の消化力と集中力は、これからの世界では、一人の人間が持ちうる一種の特殊な能力になっていくでしょう。

誠品・呉旻潔董事長(2023年)

AIの時代に、書店の経営者がそう言っている。24時間営業を続ける理由としては、ずいぶん先の話を見ています。

北京・三聯韜奮書店 — 「深夜書房」が国の話題になった年

その誠品に強く影響を受けたのが、北京の三聯韜奮書店でした。当時の総経理は、2008年に台湾を訪れて24時間営業の誠品を見た時のことを語っています。やってみたかったが、条件が整わなかった、と。

その条件が揃ったのが2014年です。地下鉄6号線の開通で美術館エリアの人の流れが変わり、さらに実体書店への支援策として13%の増値税が免除され、文化産業の助成金も出た。13%の増値税免除で年およそ100万元のコストが浮き、さらに文化産業の助成金が100万元。「この200万元を元手に、24時間営業に十分な自信が持てた」というのが書店側の説明です。

反響は、書店側の想像を超えていきます。営業開始後の最初の土曜日(4月12日)には、夜9時以降だけで約800人が来店。不完全な集計でも夜間の売上は36万元に達し、しかも報道の効果で昼間の売上まで5割増えました。

決定打は、4月22日に李克強首相(当時)が書店員に宛てて出した手紙でした。読者に「深夜書房」を提供するのは創意に富んだ試みであり、変化の速い時代にこそ内なる落ち着きが必要だと示すものだ、と。

24時間眠らない書店を、都市の精神的なランドマークにしてほしい。

李克強首相(当時)が三聯韜奮書店の書店員に宛てた手紙(2014年4月22日)

この一節は、そのまま中国中の書店業界のスローガンになりました。翌日の4月23日、世界読書日に合わせて24時間書店が正式に開業します。

書店の壁には、こんな貼り紙があったそうです。春の夜更けに、ここには机とランプがある。読書と思索を愛するあなたのために。好きなだけいてくれていい、と。全国の書店が一斉に後を追い、「24小時書店」は中国の都市文化のキーワードになります。

24時間書店は、なぜ続かなかったのか

ここから先は、あまり明るい話ではありません。

営業時間が2倍になっても、売上は2倍にならない。当たり前と言えば当たり前ですが、実際にやってみるとその落差はかなり厳しいものでした。客足のピークは夕方6時から夜10時のあいだで、そこを過ぎると売上はほとんど立たなくなります。

北京大学文化産業研究院の陳少峰副院長は、24時間書店は産業の規律に合わないと直球で批判しました。夜12時から朝8時までの営業には意味がない、というのが指摘の中身です。

100万元の経営コストで数十人の読者の需要を補助するのなら、それは一種の浪費だ。

陳少峰・北京大学文化産業研究院副院長

興味深いのは、三聯韜奮書店の郝大超総経理がこれに反論しなかったことです。彼の言うことは正しい、ただそれは完全に経済の角度から見た話だ、と応じています。夜勤明けの人が灯りの点いた店を見つける意味は、その計算には乗らない、と。

実際、全国で追随した書店の多くは、赤字で閉店するか、24時間営業をやめました。三聯自身も、大学が集まる海淀分店で24時間営業を取りやめています。書店側の総括はなかなか率直で、三聯の選書は大学生の読書の方向と噛み合わなかった、参考書も自己啓発書も一冊も置いていないのだから、というものでした。

台湾でも事情は同じです。40店以上ある誠品のうち、24時間営業が成立するのは常に1店だけでした。深夜に人が集まる立地、ホテルやバーや高級住宅の密集した場所でなければ成り立たない。敦南店も5層のうち書籍売り場は全体の20〜30%で、残りは文具や服や飲食でした。

そして興味深いのは、書店の側で採算が合わなかったこの需要が、別のかたちで巨大な市場になったことです。

韓国・スタディカフェ — 静けさを、時間で買う

韓国には昔から독서실(トクソシル/読書室)という業態があります。受験生が月極で机を借りる、仕切りのある自習空間です。

2015年前後から、この読書室が急速に姿を変えていきます。仕切りのない開放的な座席、飲み物の持ち込み自由、カフェのような内装。스터디카페(スタディカフェ)の登場です。

数字がとにかく極端です。KB国民カードが10年分の決済データを分析したところ、スタディカフェの加盟店数は2015年末の112店から、2024年10月末には6,944店へ。約62倍に増えていました。

2015年末のスタディカフェ加盟店数
112店
当時は読書室が96%を占めていた
2024年10月末の加盟店数
6,944店
約62倍。読書室との比率は25%対75%に逆転
1人あたりの月平均利用額
49,000ウォン
20代が30%、50代が30%、40代が26%

2015年時点では読書室96%・スタディカフェ4%だった比率が、読書室25%・スタディカフェ75%へときれいに逆転しています。現在は読書室と合わせて全国に1万数千店規模。飽和と閉店の話題も出るほどです。

このスタディカフェが決定的に違うのは、運営に人がいらないことです。キオスクとIoTの入退室管理で、スマホから座席を予約して決済する。管理者は遠隔で入退室を確認する。人件費がほぼかからないから、24時間の無人営業が成立します。

北京の24時間書店が「深夜に売上が立たない」で苦しんだ問題を、韓国は「そもそも本を売らない。席の時間を売る」という構造で回避したことになります。

そして利用者の内訳が面白い。決済額の年代別比率は、20代が30%、50代が30%、40代が26%。月の平均利用額は49,000ウォンほどです。

つまりスタディカフェは、受験生の場所ではもうありません。資格試験に向かう社会人、家では集中できない在宅ワーカー、そういう大人たちが席の半分以上を占めています。

同じ現象が、中国では付費自習室(有料自習室)という名前で進みました。

調査会社の集計では、有料自習室の店舗数は北京が最多で約596店、次いで西安が533店、上海427店、成都357店。利用者数は2022年に755万人に達し、その後も増加が見込まれています。

ここでも、ユーザー構成の変化が示唆的です。2023年の時点で、普通の会社員が42.5%を占め、学生の比率は大きく下がっていました。学生には学校の図書館という選択肢があるけれど、社会人にはそれがない。だからお金を払って静かな机を買う、という説明がされています。

台北や北京の書店が、無料で開放していた深夜の机。その需要は消えたわけではなく、有料化されて別の業態に移ったわけです。

画面のなかの自習室 — B站の学習配信とStudy with me

そしてもうひとつ、アジアが生み出した深夜の読書空間があります。画面の中のほうです。

中国の動画プラットフォームbilibili(B站)には、学習をそのまま流す配信ジャンルがあります。配信者は顔を映しません。カメラは机の上に固定され、参考書とノートとタイマーだけが映っている。BGMはホワイトノイズ。それを何時間も流し続けます。

2018年に開始された学習系ライブ配信
103万回
B站の1年間の集計
同じ年の学習配信の延べ時間
146万時間
配信時間がもっとも長いジャンルになった
中国の有料自習室を使う「普通の会社員」の比率
42.5%
2023年時点。学生は大きく減った

2018年の1年間で学習系の配信が103万回、延べ146万時間行われ、学習はB站で配信時間がもっとも長いジャンルになりました。深夜に検索しても、自習室の配信がいくつも動いている状態です。

視聴者がやることは単純です。スマホを机に立てかけ、配信を開き、コメント欄にひとこと書き込んで、自分の教科書を開く。

韓国では同じものが공부방송(勉強放送)/Study with meと呼ばれています。ペンを走らせる音、雨音、焚き火の音。そうしたホワイトノイズ以外の音声は入りません。配信者は喋らないし、カメラも見ない。ただ長時間、勉強している手元が流れていきます。

この流行の理由について、専門家はコロナ禍の孤立感と、誰かと繋がりたいという心理を挙げています。視聴者が得ているのは代理満足と動機づけであり、同じ土台を持つ人どうしが集まりやすい、という分析です。

課題を出し合うわけでも、教え合うわけでもない。ただ、同じ時間に同じことをしている人の映像が、そこにある。前回のサイレント・ブック・クラブと、驚くほど同じ構造です。

日本の深夜書店は、無人になって戻ってきた

では日本はどうだったのか。かつて東京には、深夜まで開いている本屋がそれなりにありました。渋谷駅前の山下書店、新宿界隈のTSUTAYA。ただ出版不況とコロナ禍が重なり、2020年初頭から2023年2月まで、23区内で駅近・24時間営業を続けた書店は大塚の山下書店ただ一店という状態にまでなりました。

ここから先が、今回いちばん面白かったところです。日本の24時間書店は、「無人営業」というかたちで復活し始めています。

  1. 山下書店 世田谷店(2023年3月20日〜)トーハンが夜間無人営業の実証実験を始めた店。有人は10時から19時まで、19時から翌朝10時までは無人。LINEで登録し、ドア横のQRコードをスマホで読み込むと解錠され、会計は完全セルフのキャッシュレスです。
  2. ブックマンズアカデミー 太田店(2025年1月16日〜)群馬県太田市の書店が有人・無人ハイブリッド型の24時間営業に踏み切りました。9時から23時までは店員がいて、23時から翌朝9時までは無人。仕組みは世田谷店と同じ系譜のものです。
  3. 透明書店(2025年4月11日〜)freeeグループが蔵前で運営する書店。火曜と水曜は終日無人、ほかの曜日は12時から19時が有人で、19時から翌12時が無人。有人と無人を足すと、結果として一日中開いていることになります。
  4. あおい書店 春日店(2026年3月〜)都営三田線・春日駅のそば。有人は10時から21時まで、21時から翌朝10時までが夜間無人営業。都内の24時間書店をひとつずつ記録している人が、今年いちばん新しい一店として挙げています。

システムを作った会社の共同代表は、開発の動機を「人生を豊かにしてくれた書店を町から消したくない」という思いだったと語っています。無人化は、削るための工夫ではなく、残すための工夫として選ばれていました。

北京が「深夜は売上が立たない」と嘆いた問題を、韓国は無人化で解いた。日本の書店も、同じ答えにたどり着いたわけです。ただ、ここで面白い逆転が起きています。

台北の誠品には、床に座り込んで読む人がいて、深夜も棚を整理する店員がいました。北京の三聯には、机とランプが用意され、居たいだけ居ていいと書いてありました。日本の24時間書店は、その深夜の時間だけ、人の気配を差し引くことで成立しています。

効率としては正しい。でも、「灯りが点いている本屋に、誰かがいる」という体験とは、少し違うものになっています。

監視の気配と、ただの気配

ここまで見てきたアジアの深夜空間には、共通点があります。誰かの存在が、自分の集中を支えているということ。

ただ、アメリカのサイレント・ブック・クラブと決定的に違う点もひとつあります。目的の有無です。

スタディカフェも、有料自習室も、Study with me配信も、その中心にあるのは試験であり、資格であり、就職です。配信のコメント欄に流れる「今日も来た」の一行は、励ましであると同時に、進捗の申告でもあります。

視線が支えになる場面と、視線が圧になる場面は、驚くほど近いところにあります。誰かが見ているから机に向かえる、という力は、そのまま「見られているから離れられない」に反転します。配信が終わって画面が暗くなれば、伴走の感覚もそこで切れてしまう。

その意味で、台北の誠品の床に座り込んで読んでいた人たちは、少し違うところにいます。あそこには締切もノルマもありません。ただ本を読みたい人が、開いている場所に来て、好きなだけ読んで帰る。呉旻潔が言う「未来の特殊な能力」という言葉も、成果ではなく、集中そのものの話をしていました。

第1弾の韓国は、読書を魅せる方向に進みました。第2弾のアメリカは、コミュニケーションを削ぎ落とす方向に進みました。そして今回のアジアの深夜は、時間を差し出す方向に進んだのだと思います。

手元の1冊と、めくる気配

私自身、本を読む時間が好きで、そうした「静かな気配」を感じられる場所が日常に欲しくて、個人開発で mekuru という読書空間を作っています(iPhone・iPad アプリもあります)。

進捗の報告も、達成率のグラフも、SNSのような「いいね」のやり取りもありません。ただアバターが同じ部屋に腰を下ろし、それぞれが静かに本を開いているだけの、紙の本のための空間です。

台北の24時間書店に毎晩通うことはできないし、深夜の自習室にわざわざ席を取るほど、追われている締切があるわけでもない。それでも、夜の30分だけは静かに本を読みたい日があります。

どこかの誰かがページをめくる気配をそっと借りながら、手元の一冊をゆっくり開く。そんな小さくて贅沢な時間が、忙しい日常のすぐ隣にあったらいいなと思っています。

このシリーズは、世界の読書カルチャーを国ごとに巡っていきます。第4弾は、北欧の図書館カルチャーを予定しています。

よくある質問

台北の24時間書店は今も営業していますか?

はい。誠品書店の24時間営業は、敦南店(1999年開始・2020年5月31日閉店)から信義店(2023年12月24日閉店)へ引き継がれ、2024年1月20日からは松山文創園区内の松菸店が担っています。蔵書はかつての敦南店に匹敵する規模まで3倍に拡大されました。

なぜ24時間書店は続けるのが難しいのですか?

深夜帯にほとんど売上が立たないためです。客足のピークは夕方から夜10時ごろで、北京大学の陳少峰副院長は「夜12時から朝8時の営業には意味がない。100万元のコストで数十人の需要を補助するのは浪費だ」と批判しました。誠品も、40店以上あるうち24時間営業が成立するのは常に1店だけでした。

韓国のスタディカフェとは何ですか?

キオスクとIoTで入退室を管理する、無人・24時間営業の有料自習空間です。従来の読書室(독서실)に代わって急速に広がり、加盟店数は2015年末の112店から2024年10月末には6,944店へと約62倍に増えました。決済額の年代別比率では20代と50代がそれぞれ約3割を占めています。

Study with me(勉強配信)はなぜ人気なのですか?

同じ時間に同じことをしている人の存在が、集中の支えになるからです。中国のbilibiliでは2018年だけで103万回・延べ146万時間の学習配信が行われ、配信時間が最も長いジャンルになりました。韓国の専門家は、流行の背景にコロナ禍の孤立感と、誰かと繋がりたいという心理があると分析しています。

日本にも24時間の本屋はありますか?

数は少ないものの、夜間の無人営業という形で増えつつあります。2023年3月に山下書店世田谷店で実証実験が始まり、2025年1月にはブックマンズアカデミー太田店が有人・無人ハイブリッドの24時間営業を開始、同年4月には蔵前の透明書店も無人営業を始めました。2026年3月にはあおい書店春日店が加わっています。

出典・参考

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