サイレント・ブック・クラブとは?「話さない読書会」に人が集まる理由 — アメリカ発、世界2,000支部の静かな連帯
mekuru 開発者公開日 約9分で読めます
前回は韓国の「テキストヒップ」を追いました。今回は海の向こう、アメリカです。課題図書も議論もない「話さない読書会」サイレント・ブック・クラブが、なぜ世界50カ国以上に広がったのか。TikTokで感情を爆発させる読書コミュニティと、バーで無言でページをめくる大人たち。対極に見えるふたつの根っこにあったのは、韓国と同じ「ひとりで読みたい。でも、誰かの気配がほしい」でした。
前回の韓国編から、アメリカへ
前回の記事では、韓国で巻き起こっている「テキストヒップ(Text-Hip)」という現象について書きました。
若者を中心に「本を読む姿や筆写(ピルサ)がかっこいい」とカルチャー化する一方で、成人の読書率は過去最低を更新している。熱狂と断絶が同時に起きているのが、韓国のリアルでした。
では、海の向こうのアメリカでは、人々はどのように本と向き合っているのでしょうか。
今回は、アメリカ発で世界的な広がりを見せている「サイレント・ブック・クラブ(Silent Book Club)」と、全米の書店を揺らすSNSの読書コミュニティに注目してみたいと思います。
サイレント・ブック・クラブ(Silent Book Club)とは
- サンフランシスコで誕生
- 2012年
- 小さなワインバーの片隅から
- 支部のある国
- 50カ国以上
- バー、カフェ、公園、美術館の中庭まで
- チャプター(支部)の数
- 2,000以上
- 課題図書なし、議論なしのまま広がった
「課題図書なし、議論なし」の奇妙な読書会
「読書会(ブッククラブ)」と聞くと、皆さんはどんな光景を思い浮かべるでしょうか。
- 全員で前もって同じ課題図書を読了しておく
- カフェやコミュニティスペースに集まる
- 感想を言い合い、著者の意図や解釈をディスカッションする
- 「何か気の利いた、知的な発言をしなきゃ」と内心そわそわする
少なくとも私にとっての読書会は、少しハードルが高く、エネルギーを消費するイベントというイメージがありました。
実際、アメリカには伝統的にこうしたコミュニティ型のブッククラブ文化が深く根付いています。オプラ・ウィンフリーやリース・ウィザースプーンのブッククラブがベストセラーを生んできた歴史が、それを物語っています。
けれど、2012年にサンフランシスコの小さなワインバーで始まったサイレント・ブック・クラブは、そうした従来のルールをすべてひっくり返しました。
ルールは、拍子抜けするほどシンプル
- 課題図書はない各自が好きな本を持ち寄ります。小説でも漫画でも専門書でも、なんでも。
- 最初の30分は、軽く挨拶集まったらドリンクを頼んだり、ひとこと交わしたり。話したくなければ、話さなくていい。
- そのあとの1時間は「完全な沈黙」ひたすら自分の本を読みます。ここがこの会の本体です。
- 最後の30分は、話したい人だけ「今読んでいる本」を軽く雑談して解散。感想を言う義務はありません。
宿題に追われるプレッシャーもなければ、誰かの解釈に気後れすることもありません。
ただ「本を読みたい」という共通点を持った見知らぬ人たちが、バーやカフェ、公園に集まり、ドリンクを片手に黙々と自分の本を開く。
この一見すると不思議な集まりが、いまや世界50カ国以上、2,000以上のチャプターにまで拡大しています。
覗いてみたくなる、現地のムーブメントとアカウント
この「静かな熱狂」は、SNSを通じてリアルタイムで可視化されています。いくつか象徴的なアカウントを紹介します。
- Silent Book Club 公式(Instagram: @silentbookclub)世界中の支部の様子が日々シェアされている公式アカウント。フィードを眺めていると、薄暗いアイリッシュパブのカウンター、ブルックリンのルーフトップ、美術館の中庭など、およそ「読書室」とは思えない場所で、数十人の大人たちがグラスを傾けながら無言で紙の本を読んでいる写真が並びます。「本を読む=部屋にこもる」という固定観念が、心地よく壊されます。
- Library Science(Instagram: @libraryscience)前回の記事でも触れたモデルのカイア・ガーバーが立ち上げた読書コミュニティ。彼女自身が本を持ったポートレートや、新進気鋭の作家との対談を発信し、フォロワーは数十万人規模。「本を読む姿は知性的でクール」という現代的な空気感を牽引している代表格です。
- BookTokの熱気(TikTok: @aymansbooks、@abbysbooks など)アメリカの読書トレンドを語るうえで外せないのが、TikTok上の読書コミュニティ「#BookTok」です。フォロワー90万人超の @aymansbooks や40万人超の @abbysbooks といったトップクリエイターは、本を読み終わって号泣する姿や、推しの小説への熱量を全力のリアクション動画で届けます。批評や分析ではなく「この本で感情がどれだけ揺さぶられたか」を爆発させる投稿は書店の平台を動かし、過去の作品を突如全米ベストセラーに押し上げるほどの経済効果を生んでいます。
なぜアメリカ人は「話さない場所」に集まるのか?
TikTokで激しく感情を共有する若者たちがいる一方で、リアルな場では「一言も喋らない読書会」に大人が押し寄せている。この2つは対極にあるようでいて、根底にある理由は同じだと感じます。
アメリカの公衆衛生局長官が2023年、「孤独は1日にタバコを15本吸うのと同等の健康リスクがある」と警告を出したように、現代のアメリカ社会では個人の孤立が深刻な社会問題になっています。
さらにリモートワークが普及したことで、「自宅」と「仕事場」以外の居場所、いわゆるサードプレイスが日常から急速に失われました。
誰かと繋がりたい。でも、初対面の人と気を遣ってスモールトークを延々と続けるのは、エネルギーを使いすぎて疲れる。
アメリカの個人主義と合理主義が生み出したこのジレンマに対して、サイレント・ブック・クラブは驚くほど精緻な回答になっています。
- 会話の義務がない(省エネでいられる)
- けれど、家でひとりスマホを見て過ごす虚しさからは抜け出せる
- 顔を上げれば、同じようにページをめくっている誰かの横顔がある
韓国の「魅せる」と、アメリカの「削ぎ落とす」
韓国の「テキストヒップ」が、孤独な読書を「お気に入りの万年筆やノートを並べ、インスタにアップしてカルチャーとして魅せる」方向に進んだのだとすれば。
アメリカの「サイレント・ブック・クラブ」は、「過剰なコミュニケーションを削ぎ落とし、物理的な空間と気配だけをシェアする」という方向に進んだと言えるかもしれません。
韓国の若者たちが独立書店で1時間黙々とペンを走らせる姿も。アメリカのバーに集まった大人たちが、グラスを片手に無言で紙をめくる姿も。
国やカルチャーは違っても、彼らが求めているものの本質は、驚くほど似ています。
ひとりで読みたい。でも、誰かの気配がほしい
本を読む時間というのは、どこまでいっても徹底的に「個人のもの」です。誰かが代わりにその一行を理解してくれるわけでもないし、自分の頭の中で想像力を働かせるしかない。その意味で、読書はとても孤独で静かな営みです。
けれど、ひとりで部屋の机に向かっていると、どうしてもスマホの通知が気になったり、日々の雑音に思考を持っていかれてしまったりします。「読みたい」という気持ちは確かにあるのに、個人の意志の力だけで静寂を保ち続けるのは、アルゴリズムに囲まれた今の世界では本当に難しい。
そんなとき、言葉を交わさなくても、「同じ空間で、誰かが静かに本を開いている」という気配があるだけで、不思議と自分の手元の一冊に戻ることができたりします。
お互いに干渉しない。でも、同じ時間を共に過ごしている。
手元の1冊と、めくる気配
私自身、本を読む時間が好きで、そうした「静かな気配」を感じられる場所が日常に欲しくて、個人開発で mekuru という読書空間を作っています(iPhone・iPad アプリもあります)。
派手な感想のタイムラインや、SNSのような「いいね」のやり取りはありません。ただアバターが同じ部屋に腰を下ろし、それぞれが静かに本を開いているだけの、紙の本のための空間です。
アメリカのバーや現地の読書会に、毎日足を運ぶことは難しくても。夜、寝る前の30分。
どこかの誰かがページをめくる気配をそっと借りながら、手元の一冊をゆっくり開く。そんな小さくて贅沢な時間が、忙しい日常のすぐ隣にあったらいいなと思っています。
このシリーズは、世界の読書カルチャーを国ごとに巡っていきます。第3弾は、アジアの深夜書店・自習室カルチャーを予定しています。
よくある質問
サイレント・ブック・クラブとは何ですか?
課題図書も感想の議論もなく、集まった人がそれぞれ自分の本を黙って読む読書会です。2012年にサンフランシスコの小さなワインバーで始まり、「Introvert Happy Hour(内向的な人のためのハッピーアワー)」を掲げて、世界50カ国以上・2,000以上の支部に広がりました。
参加するのに、本を読み終えておく必要はありますか?
ありません。課題図書がないので、読みたい本を持って行くだけです。最初の30分は軽い挨拶、次の1時間は完全な沈黙で各自が読書、最後の30分は話したい人だけが今読んでいる本について雑談します。感想を言う義務はありません。
近くの支部はどう探せばいいですか?
公式サイト(silentbook.club)に世界の支部一覧があり、Instagram の公式アカウント @silentbookclub でも各地の様子が日々共有されています。近くに支部がなければ、自分で立ち上げることもできます。
BookTokとは何ですか?
TikTok上の読書コミュニティで、ハッシュタグ #BookTok で本の感想や号泣リアクションが共有されています。批評ではなく感情の共有が中心で、過去の作品を突如ベストセラーに押し上げるほど、アメリカの書店の売上に影響を与えています。
